県北の雄都、
拠点都市津山はどこに
津山市はかつて県北の雄都と呼ばれ、中国地方の東西、そして南北を結ぶ交通の要所でありました。圏域においても拠点性を十分に発揮していました。 合併前の昼夜間人口比では、当時700都市中40番前後であったことからも明らかです。
しかしながら、中央との連携をおろそかにしたまま危機感なく過ごすうちに、広域交通インフラは大きく立ち遅れ、道路・鉄道は路線替えとなってしまいました。
現在の津山市はすでに交通の要所とはいえず、交通インフラの充実なくして拠点性のアップは見込めません。閉塞感と高齢化に悩む一地方都市になってしまってはいけません。 行政、市民がこの現実に向き合い、津山市全体で県北の雄都津山の再興を考えようではありませんか。